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チヌ釣りを見て思う事

2009年08月21日 23:13

今週の四季の釣り見ました?
大阪湾でプチブームの「チヌのルアー釣り」をやってましたね。
今まではMリグやポッパー釣りが言われてましたけど、底ズルズル系でも釣れるみたいですね。
あと中層さえクリアすれば、ルアー釣りとして確立されそうです。

ロッドでアタリを取るため、テンションはビンビン。アタリは頻繁にあるけどなかなかノセるのに大変なようです。あのイライラ…僕にとってはちょっとありえないですね。

ああいう映像を見てますと、やはりファーストインパクトの釣りは瞬間的には強いですね。
今後発展があれば、ブラックバスと同じ路線を辿って行くとは思いますが、紀州釣りでもまた新たなナニかが出てくるんでしょうかね。
僕らが今やっているこの釣りも、最終形・到達地点じゃ無いはず。
せめて近年の傾向とかでも。

紀州釣りってその辺のメディア的なものがまだ弱いと思うので、なかなか末端まで伝わらない事も多々あるのかもしれません。
ルアー釣りと違って、情報開示にどうしても消極的といいますか。
(相対的に人口が少ないってのもありますが。)
その点、永易さん・まけさんは凄いのなかーとか、ワケの分からんところまで飛火して、四季の釣り見てました。
ホント、ひねくれてますね、僕。笑

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コーンもズル引きの時代ですね。
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おい、そこのチヌ。

2009年01月26日 19:22

つい先日の事ですが。

てつさんから電話があり、「魚の活性によるサシエのサイズについて」みたいな事を話してたんですが。
(てつさんの記事にコメントを書いたからです。)
結局のところ、硬い・柔らかいの違いでサシエを選択(人間もチヌも)する事はあっても、大きさ自体は何でもええのとちゃうかと。これまた団子の集魚と同じく、検証が難しいですからハッキリとは分かりませんけど、否活性時期でも「食いに来てるヤツ」を相手にするんだから、どっちでもええやろうと。

僕の書き方だと、小さいエサより大きいエサを好むと、ようは「オキアミから甘エビぐらいに変えてしまえ。」みたいに誤解されるかもしれなかったのですが、決してそうじゃなく、なんでもかんでもサイズダウンすれば良いという考えはどうなのかなと思ってコメントしてみました。
ハリスやらハリやら。サシエまで小さくしちゃって。
それなのに団子だけ何故、高集魚なんだと。。。
決まって言われるわりには、根拠がイマイチ説明されてないような。

もともと「食い渋り」と言う表現が僕には理解出来ないんですけどね・・・
「今日食べなければ、明日食事にありつけるか分からない」と言う厳しい自然界の中で、なぜ渋る必要があるのかと。笑
いったい、どんな心境やねんとチヌに聞いてみたいもんです。笑


あと。
僕の中では、チヌとブラックバスって似てるのかなと。
どっちもリリースされる魚です。
ブラックバスって、仮説では「もうすでにDNA上でルアーを認識してる」とまで言われてます。
生まれた時からルアーをルアーとして見てると。
昔ほどチヌが釣れなくなったと聞きますが、何かあるんでしょうかね…

魚が消える風

2007年10月09日 19:17

風が吹くと魚が消える。
家島の釣行記でそう書きました。実際は、今までの経験上で思っていた事で、前回に始まった事ではありません。
さらに言うと、風が吹くと、魚が消えるわけでもありません。
わたしの釣りのマズさが、魚を消してしまっているわけです。

わたしがてつさんと釣りに行くと、チヌの釣果とそれ以外に圧倒的な差が出ます。釣りあげたエサ取りの差です。

これには、風という以前の問題で、団子の割れが把握できているかいないかで、アワセの精度が全く変わってしまいます。
ようは、僕の場合、アタリを捨てている回数が多い。いや、捨てざるをえない状態で釣りを続けてしまっているのです。
確かに団子の割れを一日中確認しているままの日もありますが、状況によってはタナ取りがマズいのもあってか、割れが確認出来ない事もたまにあります。いや、確認を怠ってしまっています。

抜けのタイミングが完全で無いから、アタリを捨ててしまうのです。

あとは、タナ自体の問題で、アタリを出せていない事も大きな要因ですし、魚を上手く寄せていない事もあると思います。


さて、風について話を戻すと、風によって一番の影響を受けるのは、道糸です。僕の場合、苦手意識からかやる気にも大きな影響をもたらしてしまうのですが。笑
皆さんも経験あるかと思いますが、風が強くなると、道糸を出してやって糸フケを作ろうとします。これは、ウキに、結果的には針部分にテンションを与えないためだと思います。テンションを与える事によって、サシエの抜けを早めてしまったり、抜けた後にはサシエが大きく動いてしまうためです。
大きく動いたサシエは、目立ってしまいますので、エサ取りが先に口にしてしまう事や、不自然な動きであるため、チヌに余計なプレッシャーを与えてしまいます。
無論、この動き自体が「誘い」のアピールとなり、チヌの口を使わすという事が元の紀州釣りではあるのですが・・・

わたしの場合も同じく、風対策には糸フケを作る事によってカバーしようとしています。もちろん、風上にウキを置き、時間を少しでも稼ぐというのは当たり前の作業です。…あまり強くなると出来ないのが腕の無さですけど。

ここで問題に思うのですが、例えば団子を1分以上も持たせて釣っていたとしたら、風によっては何メートルも先にウキが引っ張られてしまいます。その分、糸を出し続けるのですから、とんでもない長さの糸フケが出来上がってしまいます。
チヌのアタリが太刀魚釣りのように、「アタリが出てからタバコを一服」といった情緒ある魚ならまだしも、基本的には即アワセに近い[修正補足①永易流においてアタリは、チヌが食って反転した時に出る完全なアタリなので、アワセは保険程度です]と思います。糸フケが出すぎると、アワセ自体が空回りしてしまったり、弱くなってしまうのは当たり前でしょう。
アワセだけでは無く、釣り人が隣にいた場合などは、隣の方にも迷惑になってしまいます。釣り場貸しきりなんてほとんど無いわけですからね。


で、あれば出来るだけ糸フケは出したくないわけです。必要最低限のフケに留めておいた方が良いわけです。

では、ウキを動かさなければ良い。そして団子が割れる寸前に道糸を解放してやれば良い。この手段でこれらは解決出来るのです。

が。

団子が割れる寸前に道糸を解放する。これには自分の団子の崩壊とサシエの抜けのタイミングを把握出来ていなければできません。
ここが難しいところです。


次に僕の間違った?イメージの問題です。
出来るだけ糸フケを出さないようウキを踏ん張らせてはいるが、もう割れる頃だろうと判断して、道糸を解放します。糸を出していくわけですが、僕自身例えば、1mの糸を出したつもりであっても、しばらくしてみると1mどころでは無いような糸フケが発生しています。
これには、自分の団子の自信の無さからか、不安に思っている事からか、実際はもっと持っていて、知らず知らずに糸を出してしまっているのか。
それとも、自分が1m出しているつもりでも、実際には大きく出してしまっているのか。=多分これ。[修正補足②僕はダルシムのように腕が伸びるので、ひとあおりで道糸が数十メートル出ていると思われる]
はたまたウキが手前に押してきてそう見えているのかもしれない。この辺は見落としてました。

そしてここからが僕が最初に書いた事。風が吹くと魚が消える。
糸フケを出すも、結局はウキにテンションがかかっていて、自分が出した道糸+ウキが水中の仕掛けを引っ張りこんで弧を描いているのかと思ってたんです。
ようは、動くサシエにエサ取りは反応はするが、それ以上にサシエが暴れてしまって、エサ取りすらまともに食えないのではないか。

こんな事を話すと、てつさんには、
「そんな事無いやろ。」って。
[修正補足③こと永易浮きに関して言えば]ウキ自体そんなに引っ張る力は無いし、道糸が引っ張っているとしても、それはすでに出してしまっている道糸のはずだから、暴れるまではいかんのとちゃうか。
だいたい、フグやで。暴れてかわせる?笑

そんな感じのテンションでした。

さらに付け加えていただいた。
常にノーテンションが良いとは限らない。時にはサシエを動かしてやる事も攻めの手段である。ようは、サシエをどのように動かしたいのか止めたいのか。
その辺を意識してやっていれば、おのずと操作は出来てくる。
その為には、話しは戻るが、団子が解かっていないといけない。
・「自分の団子がどれぐらいで崩壊し、サシエが抜けているのか」
・「崩壊後のサシエの状態をどうしたいのか」
釣行記では、その辺をかなり掻い摘んで2点列記致しました。


僕の説明が下手なので、てつさんも困ってましたけど、ゆっくりまとめるとこんな感じです。
と、言いますか、てつさん。せっかく相談乗ってもらって、ここで全部書いてしまってすんません。ひょっとしたら同じく悩んでる方が居るかもと思いまして…

[修正補足④僕の考えすぎ(爆)。他に要因がある可能性が高いか、ただの勘違い]

あと、遅くなりましたけど、ウキありがとうございます。
ロストしたら、殴ってください。

てつさんから指摘が数点ありましたので、修正しました。
…えーと。この記事の内容はただの勘違いかもしれません。一生懸命書いたのに、カッコわる!!


てつさん、指摘どうもです。


Enter

2007年04月09日 22:45

先日の三重県での釣行記。
かなり漠然とした内容だったので、意味が伝わり難かったり、本人の意図とは違う解釈をされてしまったりというのが気にかかったので、もう一度同じ内容を語らせて頂きます。
ただ、今記事は僕の気持ちの中枢部分にまで食い込んでくると思います。
結果、熱くなります。笑
「熱いヤツ嫌い」とか「釣りでそこまで語るなよ」と言う方はここでお帰りください。僕も恥ずかしいですから。


釣行記のサブタイトルは準備と態勢と付けました。そして内容のほとんどをそれに費やしました。いつもいつも「勉強になった」と負け惜しみのように書いてますけど、そうじゃ無いんです。「ひゃくぱー」では無いですけどね。

サブタイの1つ目。準備に関してですが、僕は出来ませんでした。
何故出来ないか。
この場所で釣ったデータ(根拠)が無いからです。
今回は更にボウズでした。
「こうすれば良い」というデータ収集は出来ませんでした。そのデータが全てでは無いのは間違いありませんが、蓄積していくだけの価値は十分にあります。あるはずです。僕の引き出しはカラッポなんです。
では、「これはしてはいけない」というデータに残るのではないか。
僕の場合はこれにも当てはまらない。何故なら意図してやっていた事が現実できていたかは分からなかったから。
丁寧に確実に釣りが出来ていたかは僕にはまだ分からないんです。
全てに「多分」が付きます。それもかなり可能性の低い「多分」です。
これでは「してはいけない」を本当にしていたかは分からないと言えます。
逆に釣れた時も同じ事が言えます。
ただ「釣れた。わーいわーい。」ではこの釣りを続けて行く意味はありません。
何故釣れたのか。何故釣る事が出来たのか。釣れるべくして釣れたのか。
パターンというやつです。
パターンにハメるということは、再現性が求められます。自分が再現出来なければ、パターンも何もあったものでは無い。そう思います。自分から時合いを潰してしまう事も多いと思うのです。

準備とはそのデータ群の中から、「今回はこのパターンでやってみる」という事を引っ張り出すところからスタートしていくのではないか。全てではありませんが、重要な項目であると思うのです。

次にサブタイ2つ目の態勢
準備が「頭」で作っていくものだとすれば、態勢というのは「腕」で作っていくものと考えています。
考えた事が実際行えるか。
いくら本を読んだり耳で聞いたりしても釣りは上手くならないと言うのは皆さんご存知だと思いますし、経験されていると思います。結局は練習しないと、頭デッカチになってしまうだけです。
話しは少し戻りますが、先ほど僕はこう書きました。
「意図してやっていた事が現実できていたかは分からなかった」
意図した事が僕には出来ないのです。
例えば「団子を1分で割って・・・」
そんな言葉を聞いた事があると思います。
団子を1分で割る。
書くと簡単です。一瞬で打ち込めます。
やるとなると。
この部分はあえて書きません。
例えば「仕掛けの張りを作って・・・」
僕にはどこまで鮮明にイメージ出来ているのか。
意図した事が出来ているか分からない僕は、準備が多分出来ません。同時に態勢を作る事も多分出来ません。「多分」出来ないのです
再現出来ない。だからパターンにもハメていけない。そもそもパターンを掴めてもいない。


釣りを終えた後、僕はボウズが多いですからテンションは低めにコントロールされてます。笑
しかし何故駄目だったか、どうすれば良かったか。あまり根掘り葉掘り聞く事もしません。勉強熱心では無いと取られるかもしれません。でも実際、今の僕では「聞いても骨にも肉にもならない」と思いこんでいるから。あまり意味が無いんです。自分で掴んだものしか得られないっていうのは、人生経験上分かっていますし、意味の無い事を聞くのは失礼にも思いますし。
あまりにもレベルが違いすぎるのです。


僕がこうして書いていること。
果たして皆さんはどう思うだろう。
永易流紀州釣りの先輩方はどう見ているのだろう。
思いっきり間違えて考えてるのかもしれない。
全然見当違いな事に熱くなっているのかもしれない。

ただ、冷めないんですわ・・・今は。


向こう側へ

2007年01月09日 22:30

2007年が始まって、1週間ほど経ちました。
今年も良い一年でありますように。と、人間誰しもが思うわけです。
和のココロをお持ちの方なんかは、目標や願いなどを"書初め"されたのではないでしょうか。
そういや、学生時代以来、書初めなんぞはしてなかったなと思い、筆では無いですが鼠で書き殴ってみました。

いっとき

『一時:いっとき…瞬間的という意味では無く、江戸時代で使われていた"ゆとりある時間枠"な意味として。焦らずゆっくりね。

こうやって、今年の目標を心を込めて自分というキャンバスに叩きつけてやるわけですな。鼠で書いたので、字が下手とかは言わないでっ。


家庭と仕事が僕にとっては大事です。今年は娘が小学校に入学します。
「勉強について行けるだろうか」「友達は出来るだろうか」「いじめにあったりはしないだろうか」「先生には恵まれるだろうか」とか。当事者以上に心配になったりするのが親の性というもんでしょうか。
下の息子は健康に育ってくれればそれで最高です。うちの下の子はあっぽたん街道をまっしぐらですから。
仕事の方は、もういつも通りやるだけです。夢も希望も無さそうですが、いつも通り。意外とそれが出来なくなったりしますもんね。


さて。
肝心なのは釣りです。今更ですが、このブログで家族の事や仕事の事をあーだこーだ書いても仕方ありません。


去年は釣行数が少ないのは反省点ですが、永易流紀州釣りを目指す最初のシーズンとなりました。まだまだ入門にすらほど遠い腕です。
紀州釣りを「単純な釣り」から「複雑な釣り」に変えたのも永易流紀州釣りにのめり込んでからです。
とにかく1枚が遠く感じました。
逃げようと思えば簡単に逃げる事は出来ます。
分かりやすい釣りをすれば、とりあえずの釣果もあるだろうし、紀州釣り自体辞めてしまえばいい。
ただ「まだ何もやっていない」まま逃げるわけにもいかんのです。
団子の締めすらまだまだええ加減なはずです。コントロールなんてとんでもない。
前置きが長くなりましたけど、今年の目標も「団子の締め」をイチから勉強していきたいと思います。
「水分の少ない団子をめいっぱい握る」
永易流紀州釣りの初歩の初歩。
永易流紀州釣りへ入門するための最低必須技術。
でも実は一番難しいような気もする技術。
仕掛けの裁き方、浮きの配置、はわせの技術などなど。団子が適当では全く機能しない。逆に言えば、団子のコントロールが出来る技術を会得している頃にはこれらの技術はマスターする事が容易であり、また、すでに会得できているのでは無いかとさえ思っています。
そしてそこから始まるんだと思います。
集魚や永易浮きとの付き合い方、そして永易流はわせ釣りは…その先にあるもんだと。


去年一年の釣行記を見て情けなく思います。
「内容が無い」
ただ環境がどうだったとか、このサシエに反応したとか。
目で見た事しか書けないのが情けない。
全くイメージの世界に入っていけない。
結果が悲惨な事よりも内容が薄っぺらい事を痛感しています。
書く事が無いから無理におちゃらけ風に書いてしまう。
これがまた笑えん。笑


このブログが超難解なブログになっている頃。
「複雑な釣り」から「繊細な釣り」になっている頃。何年先になるか分からないけど。
永易流紀州釣りの門を叩いてみたいと思います。
向こう側へ行きたいから。




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